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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)157号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人上西喜代治の上告理由の要旨は、時間外手当は、実質上俸給乃至賃金の性質を有するものであるから昭和二三年政令第二八号にいう俸給中には時間外手当も含まれるものと解すべきであるのみならず、公立の中、小学校については、従来から営造物の学校の管理に要する費用は管理者たる市町村において、俸給その他の人件費は原則として都道府県において負担すべきものとされており、実際にも、右政令施行当時、政令に列挙の項目以外において、期末手当、寒冷地手当等が県の負担において支給された例があるくらいであるから、小学校教員の時間外勤務手当の支払義務者は都道府県であると解すべきである、というのである。

上告代理人鹿野琢見、同森川金寿、同芦田浩志、同戸田謙の上告理由の要旨は、学校教育法第五条は、対物的経費と対人的経費を含めたすべての学校経費負担についての一般原則を定めたものではなく、単に対物的経費の負担についての原則を定めたものと解すべきであり、対人的給与については、市町村立学校職員給与負担法によりこれを都道府県の負担とする原則をとるわが法体系の下では、給与の一種である時間外手当は当然都道府県の負担と解すべきものである、というのである。

しかし、学校教育法(昭和二二年三月三一日法律第二六号)第五条は、学校の人的経費と物的経費を含むすべての経費につき、法令に特別の定がない限り学校の設置者がこれを負担するとの原則を定めたものであることは、文理上明らかである。そこで、上告人等が本件超過勤務手当請求権を取得したと主張する昭和二二年七月一日以降昭和二三年三月三一日当時において、同条にいう特別の定がない限り、上告人等は京都府に対し右手当を請求し得ないこととなるわけであるが、当時右にいう特別の定に当るものとして、市町村立小学校及び中学校並びに青年学校職員の俸給その他の給与の負担に関する政令(昭和二三年二月五日政令第二八号。以下単に政令第二八号という。)があり、右政令がこの政令中に掲げる給与項目のみを都道府県の負担とする趣旨のものであつて、同政令にいう「俸給」のうちにはいわゆる超過勤務手当を含まないものと解すべきことは、以下に述べるとおりである。

けだし、市町村立小学校の教員(以下単に教員という。)の給与は、古くは、すべて市町村の負担とされていたが、「市町村立小学校ノ教員ノ俸給及旅費ノ負担ニ関スル件」(昭和一五年三月二八日勅令第一一四号)により、初めて、その俸給と赴任旅費とが道府県の負担とされ、爾後、数次の改正《「国民学校職員ノ俸給及旅費ノ負担ニ関スル件改正ノ件」(昭和一八年三月六日勅令第一〇八号)、「昭和一八年勅令第一〇八号国民学校及市町村立青年学校職員ノ俸給等ノ負担ニ関スル件改正ノ件」(昭和二一年三月五日勅令第一二三号)、政令第二八号》により、逐次個別的に項目を選んで都道府県の負担に追加するという方法で、漸次都道府県の負担項目が増加され、現在の市町村立学校職員給与負担法(昭和二三年七月一〇日法律第一三五号)に至つたものである。しかも、政令第二八号の制定公布(昭和二三年二月五日)前である昭和二二年一二月一二日に労働基準法等の施行に伴う政府職員に係る給与の応急措置に関する法律(同年法律第一六七号)が制定公布され、当時教員は官吏とされていたので《地方自治法(昭和二二年法律六七号原法)附則第八条、同法施行規程(昭和二二年五月三日政令第一九号)第六九条、教育委員会法(昭和二三年七月一五日法律第一七〇号)第九五条、教育公務員特例法(昭和二四年一月一二日法律第二四号)第三条、第三一条等参照》、この法律により教員は超過勤務手当請求権を取得していたにかかわらず、同法律の制定公布後に制定公布された政令第二八号は、県の負担すべき給与項目として超過勤務手当を掲げておらず、同政令以降における法令改正の経過からみても、立法者は、終始意識的に超過勤務手当(とくに時間外手当)を県負担項目中に追加しなかつたものであることがうかがわれることは、原判決の詳述するとおりである。さらに、わが法制上、「俸給」なる用語は通常、超過勤務手当を含まず《政府職員の新給与実施に関する法律(昭和二三年五月三一日法律第四六号第八条参照》、法令上都道府県の負担とされる給与項目の全部もしくは主要部分は、同時に、義務教育費国庫負担法(昭和一五年三月二八日法律第二二号)による国庫負担の対象とされる関係上、右法令をみだりに拡張もしくは類推解釈することは、都道府県のみならず国の予算の計画性を阻害する結果となることを考えれば、右法令を拡張もしくは類推解釈することは慎しまるべきである。

以上の諸点を総合して考えれば、政令第二八号における給与項目の列挙は限定的列挙であつて、超過勤務手当の理論上の性格いかんにかかわらず、右政令にいう俸給のうちに、超過勤務手当は含まれないものと解さざるを得ず、たまたま、同政令の下で、所論のように、列挙項目以外の給与を都道府県において事実上負担した実例があつたとしても、これにより都道府県が超過勤務手当の法律上の支払義務者となつたものと解し得るものでないことはいうまでもない。従つて、京都府が本件超過勤務手当請求権の支払義務者でないとする原審の判断は正当であつて、所論は採用し得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

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